再解釈が求められる時代に 私たちができること

経済学者・堂目 卓夫×株式会社カルティベイト・開(比嘉) 梨香

本誌THE RACEが発刊される2022年、世界人口は遂に80億人を超えた。人類の誕生から20万年をかけて10億人になったのが産業革命後の1850年代。それから僅か200年で10倍の100億人(2050年代)になることが予測されている。
人類はもともと地球と生命体との共進化のプロセスで生まれた多様な生物の一種に過ぎないはずだった。それが近代以降自然を大幅に改変するようになり、自らの母胎である生態系さえも破壊するようになった。肥大した産業経済活動は地球の炭素循環系を攪乱させ、地球温暖化を引き起こした。こうした人類の活動によって社会経済や地球環境の変動が急増している現象を「グレート・アクセラレーション」という。
新しい時代に向かう過程で、長きにわたり人類に突きつけられてきた、さまざまな問いをもう先延ばしにはできない。いのちの尊さや幸せとは何かの再解釈が求められる時代に目指すべき社会像や人の生き方について、お2人に語り合ってもらった。

堂目 卓生(どうめ・たくお)

岐阜県出身。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。専門分野は 経済学史、経済思想。主な著書は Political Economy of Public Finance in Britain 1767-1873(日経・経済図書文化賞)、『アダム・スミス「道徳感情論」と「国富論」の世界』(サントリー学芸賞)など。2001年より大阪大学教授。2018年より社会ソリューションイニシアティブ(SSI)⾧。2019年、紫綬褒章受賞。

 

開(比嘉) 梨香(ひらき・ひが・りか)

沖縄県出身。琉球大学社会学科卒。沖縄県公安委員長。株式会社カルティベイト代表取締役。離島振興・教育振興のコンサルの傍ら、内閣府の沖縄振興審議会総合部会専門委員、日本エコツーリズム協会運営委員等を務める。「沖縄離島体験交流促進事業」をはじめ南部広域市町村の人材育成などを通じて、人づくり仕組みづくりに取り組んでいる。第38、39代目県教育委員長。沖縄海邦銀行では社外取締役を務めた。

 

今は時代の端境期

―100年後の読者に向けた自己紹介を。

堂目:さまざまな社会課題の解決策を提案する人文学・社会科学系研究者を中心とするシンクタンク「社会ソリューションイニシアティブ(SSI)」を大阪大学内で立ち上げてから、代表を務めています。

 

開:私は、離島を中心とした地域振興と教育振興のコンサルタントをしています。沖縄は広大な海域に37の有人離島がありますから、いわば島国日本の縮図。小さいからこそ見えやすい地域の課題を顕にし、その解決に取り組むことで他府県にも参考になるモデルを作りたいと考えています。これらを担うのは「人」ですから、子どもから大人までさまざまな人を育て啓発し、垣根を越えて知恵や力を出し合える仕組みづくりをライフワークにしています。

 

堂目:私はかれこれ30年以上、経済学の歴史と経済思想の研究をしてきました。18世紀および19世紀のイギリスで出版された刊行物をはじめとして、書庫にこもってうずたかく積み上げられた書物を来る日も来る日も読みあさってきました。学問というものは構えが決まっています。専門家としての作法や流儀を心得たうえで我武者羅に研究してきたのですが、ただ、いつ頃からか、人が苦しんでいる「現場」を知らないで来たことを感じるようになりました。

 

開:書庫の中にいた先生にとって何が外に目を向けるきっかけとなったのですか?

 

堂目:私の研究対象のアダム・スミスにしても、あるいはケインズやマルクスにしても、当時の学者はみんな自分が生きている時代を見つめ、次の時代を夢見ていました。社会が混乱し動乱するなかで、新しい社会形態を考えるという問いに真正面からぶつかっていったのです。先人たちが社会と関わりを果敢にもったことを感じるにつれ、私も私なりのやり方で「人間とは何か。人間はどう生きるべきか」を考え、現実の諸課題と関わっていく覚悟をもつようになりました。

 

開: 先生の活動の背景にはそうした理由があったのですね。2020年からのパンデミックによって、現代に生きる私たちも一瞬にして世界が変わることを目の当たりにしました。誰も想像していなかったカタチに。気づけば、人の暮らし方や社会システムが変容し、人の心にも影響を及ぼしていますよね。ウクライナとロシアの戦争も、この世の不合理、不条理を見せつけています。

 

堂目:私たちが感じている、今のままではいけないのではという迷いや苦しみ。これは時代の移行期だからこそ強く立ち現れる問いです。今の外的にも内的にも閉塞した状況は、私が研究してきた18~19世紀という時代に近いものがあります。

産業革命が起きてから、人は科学技術で生活を豊かにしていくことを考えるようになりました。封建主義的な土地所有の在り方が変容し、成り上がった階層が台頭し、社会が混乱と動乱を繰り返しながら新たな経済・社会構造に向かう、大きなうねりの最中にありました。魂の時代からモノの時代へ、神様の時代から人間中心の時代へ、自然と触れ合う時代から都市での人工物と暮らす時代へ移行する端境期でした。


開:自然と共に暮らす生活から都市の暮らしに変化したことで、人と人とのつながりが薄れてしまう。それによって悩みや苦しみを抱える人が増えたという話は私も共感します。というのも、私が推進しているエコツーリズムは、その地域固有の環境や文化を守りながら、観光を通じて地域の暮らしと心を豊かにする活動です。沖縄の離島や沖縄本島北部のやんばるには、昔ながらの人の営みが残っています。今も、人は自然とともに暮らしています。ここ大宜味村は長寿な方の多い地域「ブルーゾーン」として世界的にも有名です。

自然は恵みを与えるだけではなく、厳しさもあります。その厳しさは、人間の奢りを戒める「場」かもしれません。島々を回るなかで、長老や島の行事を司る方々から神や自然に畏敬の念をもち、恵みをいただいていることに感謝することを教わってきました。沖縄の離島ややんばるで暮らす人を見ていると、自然と共存する営みから都市型の生活に移行する過程で、人が切り捨てていったことが、人の心を貧しくしていったように感じます。


堂目:18~19世紀に、人が自然から離れることは同時に人が神から切り離されることをも意味しました。同時に、一人ひとりが物質的な利益を得ることが幸せだと定義されるようにもなりました。それまでのキリスト教的な価値観から解放されたわけですが、一方で苦しむ人も増えていきました。いのちとは何か。幸せとは何か。多くの人がそうした問いに神抜きで答えなくてはならなくなったのです。当時の文献を読むと、自分だけが幸福になろうとすることに対して「それでいいのか?」という警鐘を鳴らす人がいました。アダム・スミスは、「見えざる手」でよく知られていますが、彼もまた警鐘を鳴らした一人です。個人の利己的な行動が市場を通じて社会の繁栄を促進することを認めましたが、それは共感に基づいた道徳的抑制があってはじめて生じることだと考えました。共感とは「他人の感情を自分の心の中に写し取り、同じ感情を引き起こそうとする心の働き」のことです。

 

 

開:苦しむ人たちが増えているというのは、まさに、今の時代と同じ状況ですね。
堂目:SSIが取り組む問題の中に「ケア」があります。人間誰しも、不幸がわが身に降りかかった時に「なぜこの私に」、「なぜ私の家族に」という苦しみにさいなまれます。この苦しみをどうケアしていけばいいかを考えなくてはなりません。ひとつの答えとして、苦しみを語ってもらうこと、そして、それを真剣に聴くことが挙げられます。苦しみを緩和するには、他者の存在が必要で、聞いてもらう必要がある。自らの心情を吐露するという行為を繰り返し、自分の中で整理をつけていくのです。

 

 

開:私は書くことで救われた経験があります。心の裡側に目を向けて、感じていることをただひたすら書く。手にマメができるほど書いているうちに、いろいろな感情や理屈が削ぎ落され、過去の出来事やその時の感情が自分を苦しめていることに気がつく。最終的には、文章から形容詞がなくなり、私は何をどうしたいのかという結論だけが書かれていました。結局、人が何かを決める時、好きか嫌いか、やりたいかやりたくないか、面白いか面白くないか、というような二者択一で選んでいることに気づきました。本質はシンプル。そこに至るための道が話すことなのか、書くことなのか、瞑想することなのか、その人なりの方法で見いだすことは人が人である限り100年後も変わらないのではないかと思います。

 

 

パンデミックが変えたこと


―パンデミックは人の価値観にどのような影響を与えたのでしょうか。

 

堂目:パンデミックは、本当に大きな影響をもたらしました。近代において人類は、財とサービスを効率よく生産し、そこから社会の構成員すべてに分配する持続可能な仕組みを考えてきました。それはモノの生産を中心とした見方で、それを基準に人間を「有能な人」(capable)と「弱者」(vulnerable)に分ける見方でした。社会の中心に有能な人が置かれ、財やサービス、知識を生産していき、彼らがつくりだしたものを分配することで社会が回る構造です。それはつまり、生産に貢献できない人は受け取るだけの存在でしかなく、弱者と規定されて、社会の中心からは遠い周辺に置かれてきたのです。

有能な人が弱者にだけ気前よく分配するかが政治や経済の議論の中心となってきました。「分け与える必要はない」という自己責任論を打つのがリバタリアン。平等に再分配しましょうと考えるのが社会主義。しかし、どちらの考えにも通底するのは、有能な人が社会の中心にいて、弱者に対して、「我々みたいに有能な人になりなさい」という無言のメッセージです。

コロナ禍が私たちの眼前に炙り出したのは、有能な人と弱者とを分け隔てる壁は案外薄いこと、誰もが弱者になりうる可能性があるという事実でした。

 

 

開:いつ感染するか分からない不安や、感染しても助けが来てくれない状況が起こったことで、みんなが弱者、「助けを必要とする人」になりましたよね。

 

 

堂目:そうです。ですから、たとえパンデミックを切り抜けたとしても、誰もが、「助けを必要とする人」になりうる時代は続くと考えなくてはなりません。コロナ・ウィルス感染症で得ることができた最も貴重な体験は、誰もが弱者になりうること、あるいは弱者であることを人類全体で共有できたことだと言えるかもしれません。

私が期待する100年後の社会は、「助けを必要とする人」を中心に置き、「助ける人」が周りを囲み、向き合い、手を差し伸べる社会です。重要なのは、誰が「助けを必要とする人」になり、誰が「助ける人」になるかは固定化されず流動的であり、双方が入れ替わりながら共助の関係を保つということです。さらには、こうした共助社会を、自由な企業、自由な交換、自由な消費からなる経済、市場を通じて必要なモノが必要な人に届けられる経済で支えることです。私はこれを「共感資本主義」と呼んでいます。