日本の科学技術予測の第一人者が読み解く未来のシナリオ 人間の根源的本質が未来への分水嶺

未来学者・一橋大学大学院七丈直弘教授

「森羅万象を説明できる共通の理論があるはず」。一橋大学大学院の七丈直弘教授は、「万物理論」の探求心に突き動かされ、科学技術政策、未来学、計算材料科学、技術経営論まで、実に幅広い分野で研究に取り組んでいる。そんな七丈教授が衝撃を受けたのが、世界の未来予測活動に多大な影響を与えた科学技術庁(当時)の「技術予測調査」だという。日本の秀逸な未来洞察が世界にもたらしたもの。大阪万博「太陽の塔」が結節点となり未来に伝えた人類の記憶。100年後の未来予測の鍵となる人間の「根源的本質」とは何か。日本における未来学の第一人者・七丈教授に伺った。

 

七丈 直弘(しちじょう・なおひろ)

東京大学理学部数学科を1994年3月に卒業後、同大学院工学系研究科に進学し、1999年に博士(工学)を取得。2000年、東京大学大学院情報学環の立ち上げに際し、助手として着任。その後、特任助教授、助教授(准教授)として、イノベーション研究およびデジタルコンテンツ分野の人材育成に従事。2010年、早稲田大学高等研究所(WIAS)准教授。2012年から2016年まで、文部科学省科学技術・学術政策研究所で上席研究官として、第10回科学技術予測調査の企画と実施に携わる。2016年より東京工科大学教授・IRセンター長。2020年より現職。研究テーマは、データ駆動型アプローチによる複雑現象の理解。その対象は先端材料から、大学や企業での研究開発、科学技術政策、未来洞察、アニメ製作プロセスまでを含む。

 

世界が追随した日本の科学技術予測

-七丈さんは、内閣府で科学技術政策に関する政府データの可視化を行うプラットフォーム「内閣府エビデンスシステムe-CSTI」*1の構築を担当されています。文部科学省に在籍していた際には「第10回科学技術予測調査」を担当され、日本の科学技術の未来予測を担ってこられました。

日本の「科学技術予測調査」は、旧科学技術庁が1970年に始めた「技術予測調査」を前身とする調査です。科学技術の未来を予測するために結成された産業予測特別調査団が、米国から予測手法を持ち帰り、1971年に第1回の技術予測調査を公刊しました。以来、世界で最も長く系統的に行っている予測調査のひとつです。

日本の技術予測調査の特徴は、調査で終わりではなく、産官学が一致団結して「どのようにすればそれが実現できるか」というところまで考え、滑走し始めたところにありました。この調査を機に、日本の政治、経済、学術会議などがシンクロして動き始めたのです。

 

その背景には、時代の象徴「大阪万博」の存在が大きかったように思います。60年代後半、「高度経済成長を遂げた日本がその後どう成熟していくのか」、そんな問題意識が湧き上がっていたところに、1970年「人類の進歩と調和」をテーマに大阪万博が開催されたのです。

大阪万博といえば「太陽の塔」。人類の歴史のレガシーとして未来に残すべき仮面などのアートや宗教的な神像などが世界中から集められ、太陽の塔の地下スペース「根源の世界」に収められました。莫大な予算が捻出され、人類学者らが世界を奔走して集めてきたレガシーです。そして空中スペースには「未来の空間」をテーマにした科学的な展示も展開されていました。人類の過去、現在、未来を貫く「太陽の塔」に象徴される大阪万博は、サイエンス・アート・宗教のひとつの結節点として、それまで対立していた者同士がシンクロする源流になったのではないかと思っています。

 

-技術予測調査の発展と大阪万博には、意外な関連性があったのですね。ちなみに七丈さんは現在どのような予測活動をされているのでしょうか。

 

現在は内閣府において、望ましい未来像(ビジョン)を実現するための、制度や科学技術を大量データから見出すことを可能とするようなシステム(重点分野分析システム)の構築を行っています。データをもとに、未来からバックキャストすることで科学技術予算配分の最適化をったり、科学技術政策に関する多様なステークホルダーの間の対話を深めることができると考えています。

予測活動は、さまざまな情報をどのように認知し、ナラティブに落とし込んでいくかを探る営みです。可変要素が多すぎて、どのような未来が来るのかを予測するのは本来不可能に近いはずです。したがって、「未来を予測する」という行為自体が、あやしいわけですし、担当となった当初は正直乗り気ではありませんでした。しかし、実際に体験し、その魅力に取りつかれました。また、「未来予測」は定性的だったり感性のみで成立するものではなく、意思決定科学や、社会の数理モデルなど、科学やデータがそれをサポートする必要があります。

そこで現在、エビデンスに基づく政策立案(EBPM : Evidence-based Policy Making)や法人運営(EBMgt : Evidence-based Management)の推進を目的として、科学技術イノベーション関連のデータを収集し、分析する内閣府エビデンスシステム「e-CSTI」の整備を進めています。日本の国立大学や国の研究機関における科学者の研究開発情報をミクロに把握できるデータを収集・分析しながら、いつ、どのようにテクノロジーが普及していくのかを予測する試みです。「エビデンスに基づく」とありますが、要は「共通の認識に立って議論する」ということですね。

 

自然科学の研究は、新たな探索による発散と、発見による集中のプロセスとを繰り返します。発散と集中のダイナミクスが分かれば、どの研究にどれだけの資金を投入するべきかの判断材料になります。研究と政策の歩調を、データに基づき微調整しながら最適化する方法を見出していく。「e-CSTI」は、そのための新たなアプローチとなります。

 

*1 内閣府エビデンスシステム「e-CSTI」
客観的根拠(エビデンス)に基づき日本の科学技術政策の立案(EBPM : Evidence-based Policy Making)及び国立研究開発法人等の法人運営(EBMgt : Evidence-based Management)を推進するため、科学技術イノベーション関連データを収集し、データ分析機能を提供するシステム(エビデンスシステム)。

 

万物理論、知の統合が原点。「頭の中では全てつながっている」

-七丈さんは計算材料学やアニメ製作プロセスにも見識が深いと伺っていますが、未来予測との関連性はどのようなところにあるのでしょうか?

 

私の原点は、科学少年として素朴に抱いていた「万物理論」、「森羅万象に共通する理論があるのではないか」という問いです。自分ではその理論を発見はできないかもしれないけども、少しでもそれに近づくことができたら人生として儲けものだ、と思っています。

 

主な研究分野は、未来学(科学技術政策)と計算材料科学です。計算材料科学の研究では、シミュレーションと材料データベースの統合による統合的材料設計の手法開発などを行っています。未来学も計算材料科学も、データや数理的なモデルに基づく複雑現象の理解です。

これらはすべて私の頭の中ではつながっています。

「consilience=知の統合」という、学者にとっていわば聖杯みたいなものがあります。皆が探求するのだけれども見つからない聖杯。生物学者のE.O.ウィルソンはじめ、いろいろな人物が「知の統合」に取り組んでいます。一定の経験を積んだ科学者から見ると、「中二病だな」と笑われてしまうかもしれません。でも、そのようなものを追い続けることは大切だと思っています。