経済産業省キャッシュレス推進室長として斬新な手法で日本社会にキャッシュレスを浸透させ、内閣官房ではデジタル庁の立ち上げから組織づくりまで携わってきた津脇慈子さん。「役人は何かを変えると決めて最後までやりきるプロフェッショナルである」という恩師の言葉を胸に、硬直したシステムに風穴をあけ、想像を絶する強烈な反対を乗り越えて変革を実行してきた津脇さんが、改革の先に見据える未来の官僚組織、そして日本社会の姿は、どのようなものだろうか。津脇さんに、官僚としてのこれまでの歩みから、新たな行政サービスの在り方、官僚を志す未来世代へ伝えたいことを伺った。
津脇 慈子(つわき・よしこ)
2004年、東京大学法学部卒業。同年に経済産業省入省(通商政策局通商機構部)。2010年から米コロンビア大学、英ケンブリッジ大学に留学。帰国後の2012年には金融庁へ出向(監督局保険課)。大臣官房政策審議室、商務情報政策局、中小企業庁経営支援部、商務サービスグループ政策企画委員、キャッシュレス推進室長、大臣官房企画官(デジタル戦略担当)内閣官房IT室/デジタル改革関連法案準備室企画官、デジタル庁企画官を経て、現職。
―100年後の人類に自己紹介をお願いします。
価値観の転換期に、経済産業省やデジタル庁などのパブリックセクターで、社会変革に影響を与えることができる皆さんが活躍できる環境をゼロイチでつくっています。
例えば、経済産業省では、キャッシュレス推進策に取り組みました。従来は対象企業の個別の取り組みを事前に特定し、決まった額や上限を前提に補助することが多いのですが、キャッシュレス推進においては、国の合計支援額や個別企業への配分を事前に定めず、ただ、それぞれのキャッシュレス事業者の努力等によって、結果として国民の皆さんがキャッシュレス手段を使った分の一定割合(2%or 5%)を国が補填するというインセンティブ方式を取り入れました。
「国民に多く利用された企業が、その分多く補助される」「上限なし」というこの方法は、事前に国の必要予算額を特定できないため、国会等ではかなり激しく議論いただきましたが、結果的に、各社による健全な競争環境を生み出し、黎明期におけるムーブメント作りという観点からは(今でも賛否両論あると思いますが)効果的であったと私は思っています。
ルールや制度、仕組みなどに変更を加えると、必ずその変更で不利益を被ってしまう人が出てきます。理想論を掲げるだけでなく、そうした痛みを伴う変更であることを十分理解した上で、それでも「やる」と意思決定すること、そして、どんな強烈な反対にも向き合い、たとえ一歩でも前に進み、変化を起こすところまでやり遂げることが、役人の仕事です。ここが学者や評論家との違いだと思っています。
―デジタル庁の創設には立ち上げ当初から参画されていました。
人の生き方や考え方がこれだけ多様になり、それを支える技術やビジネスモデルなども激しく変化する今の時代において、国民や地域住民の生き方、働き方、組織の在り方を過去のステレオタイプ通り一様に捉えた仕組みでは機能不全になります。現在のような画一的で直線的な成長を前提にしている仕組みでは、すでに対応できなくなっていると感じています。国・地方行政の在り方は、大きな転換点を迎えていると思います。
その点で、デジタル庁はひとつのチャレンジ、新しい行政の在り方を実現するための壮大な実験だと思っています。デジタル庁では、組織の1/3程度を民間採用にして、意思決定にも民間人を入れています。現状、胸を張って「成功だ」と言える状況ではまだ全くありませんが、生え抜きの役人だけで検討・実施される行政を変えていくため、試行錯誤しているところです。
実は、長い日本の歴史において、常に役人類似の役割が存在するわけですが、それが終身雇用の官僚制度がベースとなったのは、戦後の一時期だけのようです。戦前は、その時々に必要と思われる人が随時任用され、役割を果たしたり、考えが合わなくなれば離任し、また必要に応じて戻ってくる。立身出世のひとつの扉として活用したり、進路が決まっていない時に在籍したりといったこともある程度柔軟にできる、民間との出入りがある仕事だったようです。
今回、デジタル庁立ち上げのタイミングで民間から200人以上を採用しましたが、面接に始まり、意思決定プロセスや組織構造・カルチャーづくりなどにも携わりました。そこでとても驚いたのが、私自身「初心に返らなければ」と思わされるほど、民間の方々のパブリックマインドが強いということでした。
民間にも、官僚を辞めた人たちの中にも、日本の未来に強い想いを持っている人が非常に多い。これからの時代、この変化と多様性の時代に、新しいことや、国単位の規模のことを成すためには、役人と民間の行き来をもっとしやすくし、その時、そのプロジェクト・課題に、強い想いを持っていて、かつ実現できる能力・気力を有する最高の人材やチームをタイムリーにつくる必要があると思っています。「変えたい」と思ったことを共感できる最高のチームで実行できる場になるよう、試行錯誤しながら進めていきたいです。
―内部から大胆に官僚組織を変えていこうとされていることに驚きです。
与えられた業務・役割を従来「正しい」と言われた方法・考え方で全うするのではなく、自分の目と足で確認して自分なりの信念に基づいて「変えていきたい」「創っていきたい」という想いを持つようになったのは、2014年から1年間、経済産業省大臣官房政策審議室で「2050年について考える」という漠とした命題のもと自由にさせてもらった時からです。最初は悶々としていましたが、次第に自由に勝手に動くようになりました。
例えば、当時、国内外のVCやアクセラレーター、スタートアップなどの門を叩いて、全然アポが取れなかったり、5分で追い返されたり、「話にならない、甘い」と言われたりしながら、当時の「経済産業省」の看板が必ずしも通用しない人たちと、話したい、世界を見たいと、ヒリヒリしながら自分で行動したことは、今でもいい思い出です。
この1年間、「未来はこういう方向に進むのかな」「こんなことを変えてみたい」など色々考えました。純粋な想いに立ち返れる機会になりましたし、社会や世界を捉え直し、自分が何をしたいかを再認識できたという意味で、今でも役に立っています。これからも定期的にこうした期間を設けようと意識しています。
―冒頭、「価値観の転換期」というワードがありました。具体的にどのようなところに価値の移行を感じられますか。
考え方の違いが、世代間で顕著になっていると感じます。何を「幸せ」と感じるか、何を「かっこいい」、「素敵だ」と感じるかに、ずれが生じてきています。
今までは、高性能・大量生産など質・量の直線的成長により影響力を強めていくことが「成功」であり「素晴らしい」とされた時代でした。現在の行政も、マスをどう効率的かつ効果的に管理するかという観点で構成されていますし、多くの組織がそうした考え方をベースに動いています。
ところが、私より若い世代中心に、ボリュームやシェア、金銭的成功よりも、持続可能な社会の仕組みを作ったり、そうした生活に身を置いたり、社会課題を解決したり、共感に基づいた新しいコミュニティを生み出したり、そうした生き方・考え方が「かっこいい」、金銭や影響力をアピールする姿を「みっともない」とする価値観を強く持つ人が増えているように思います。生き方・働き方の価値観の物差しが世代や人によって大きく異なる時代に入ったと思っています。
私自身は、価値観の変化を創出できるような人間ではありませんし、どちらかというと古い人間かもしれません。でも、新しい価値観も理解できる人間として、従来型の行政の仕組みや在り方、その背景となっている考え方を少しずつでもシフトさせていくことによって、新しいものを生み出そうとしている人たちが伸び伸びとチャレンジし活躍できる環境づくりをしたいと思っています。
―津脇さんの視座から見て、日本が変わる兆候はありますか。
変化の兆候というと思い出すのが、以前父から聞いた「100匹目の猿現象」です。何かの雑誌に掲載されていたとかで、本当の話かどうかは定かでないのですが、いい話なのでよく思い出しては励みにしています。
どんな話かというと、1匹の猿が芋を洗って食べるようになり、その猿が別の猿に教えたら周囲の猿にも徐々に広まり、100匹目を超えた時、物理的につながっていないはずの別の場所で暮らす猿も芋を洗って食べるようになるという話です。
要は、100匹目とは、ある閾値を超えたらメインストリームが変わるという例え話です。自分が素敵だと思うこと、変えたほうが良い思考などを地道に続けていると、徐々に共感してくれる人が増え、閾値を超えると人々の意識がガラッと変わる。そんな日がくると信じて、私も地道に取り組んでいます。
ただ、その閾値がどこなのかは、まだ分からないです(笑)。