公益資本主義を社会実装し、日本を世界に誇れる独立国家に

原 丈人 アライアンス・フォーラム財団 会長

米国型の株主資本主義でも中国型の国家資本主義でもない21世紀の人類社会が直面する課題を解決できる新しい社会経済システムとして期待される「公益資本主義」。提唱者の原丈人さんは100年後どのように記録されるのか。2022年を生きる者として、公益資本主義が社会実装された100年後の世の中を想像したい。原さんの言葉を2122年の世の中に届けたい。そんな思いからこの雑誌のプロジェクトは始まったといっても過言ではありません。

事務所でのお話は3時間にも及びました。ここにお預かりしたメッセージを記します。

  

今の世の中について

 

 米国が推進してきた株主資本主義も、中国共産党が主導してきた共産主義も今世紀には変化せざるを得ない時期に来ています。両国とも絶対的多数の国民を豊かにすることができなくなっているからです。背景には、「会社は株主のもの」という米国流の企業統治の在り方が、米国のみならず中国の民間企業でも一般化していることが挙げられます。

 

 私は、今から約20年前の2003年、読売新聞の論説に、「米国の資本主義は、社会に有用な企業を全部崩壊に導いていく可能性すらある。その理由は、企業統治の要をなす『企業は株主のもの』という間違った考え方にある」と書きましたが、その通りの展開を辿っています。当時の名門企業であったGE、ヒューレット・パッカード、ゼロックス、デュポンなどの有力企業が短期的利益を求めるアクティビストなどファンド株主の餌食となりました。

 

 「会社は株主のもの」と信じる集団に属する人々は、同じ利益を生むならば短い期間のほうが高い内部収益率(IRR)を実現できると考えます。短期間でカネがカネを生むことを追求すると、投資は投機へ変化します。投機はバブルを作り出しやがて崩壊に至るものです。そして、崩壊の過程でゼロサムゲームが起こり、これが繰り返されることで、中間層が没落して貧困層となり、彼らの富は富裕層に吸い取られることでますます格差が拡大してしまう。これが今日の超格差社会を作った大きな要因の1つであり、株主資本主義がもたらした結果です。

 

 日本の現況は悲惨です。財務省「法人企業統計調査」によると、日本人の平均年収は約378万円です。30年間増えていません。実質賃金は10%下落し、経済協力開発機構(OECD)の平均年収から1万ドル以上も低く、G7 では最下位です。非正規雇用が増えているため、賃金の格差は広がり、40代の非正規の男性の8割近くが結婚していない。一方、正規雇用で結婚している世代の出産率は現在も人口増加時期の1970年代と変わりません。つまり、40代以下の非正規雇用者を全員正規雇用にすれば、格差の問題も少子化の問題も解決するでしょう。

 

 1980年代末から90年代前半にかけて、日本の1人当たりのGDPは米国より上でした。ところが、失われた30年の間に勤労者1人当たりの所得は韓国にも抜かれ貧しくなっていきました。ここ数年、世界中の旅行者が日本に来るのは、物価も宿泊費も食事もサービスも安いからです。清潔で安全だということもあるが、先進国の中で唯一日本だけは途上国化し、国民は貧しくなっているのが現実です。

 

 会社が儲かっていないならば従業員の給与が上がらないという理屈はわかります。しかし2000年以降、会社が上げる利益は伸びていて、株主に配分される割合が大幅に増えているのです。財務省「法人企業統計調査」によると、2010年から2021年まで全産業の純利益は、22.1兆円から77.5兆円と351%も伸びています。この間30%から23.2%に法人税は減税されましたが、この減税分はどこに消化されたのでしょうか。従業員や役員の給与や研究開発費は増えていません。株主還元のみが大幅に増えているのです。先述の「法人企業統計調査」によると配当は12.6兆円から35.5兆円と282%も伸びています。どう見ても異常です。株主への分配を少しだけ従業員に回せば、給与を大幅に増やすことは可能であり、昇給や研究開発を抑えて配当のみを増やすような企業行動は改めなければなりません。

 

株主資本主義が台頭した背景

 会社は株主のものという考え方が一般化していったのは、1997年に米国の財界組織「ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)」が「会社は株主のもの」と言い出してからです。それ以降、日本でも米国流の経営手法が取り入れられるようになりました。国の政策もこの流れを後押ししました。

 

 例えば、2001年の商法改正で自社株式取得が事実上無制限且つ無期限の保有が認められるようになりました。2002年の閣議「骨太の方針」に組み入れられた四半期開示制度に向けての動きも挙げられます。さらに、2014年には、コーポレートガバナンス改革で、「総還元性向(当期純利益に対する配当と自社株買いの総額)」の比率が100%を超す企業が続出するようになりました。同年の伊藤邦雄・一橋大学教授(当時)を座長にした経済産業省のプロジェクトでなされた「最低限8%を上回る自己資本利益率(ROE)を達成することに各企業はコミットすべきである」という通称「伊藤レポート」の影響も大きいものでした。

 

 ROEを8%以上にする最も効果的な方法は、より付加価値の高い製品やサービスを生み出し利益を上げることで達成できますが、デフレ下では難しい。顧客が離れる可能性もあるので、実行しにくい。そこで多くの企業は、固定資産を売却し総資産を減らすことを始めました。さらに、賃金・給与といった従業員への充当分や将来の収益を生み出すための設備投資・研究開発費・人材育成のための投資を減らすことで、無理くりして利益を膨らませROEを高めることに汲々としたのです。

 

 当然ながら、従業員への賃金・給与を抑制すれば、優秀な人材は離れます。未来への投資を削減すれば、企業の持続的成長が望めなくなります。それでも短期的にROEを高めることができれば株主にとっては是と多くの企業で評価されたのです。実際に多くの会社で中長期での投資や研究開発はなされず、従業員は派遣社員となり、ROEを高めるために製造業においては自社で工場を持つより、中国などに生産を委託するのが流行り出しました。研究開発と製造を分離すると、イノベーションが起きなくなるにもかかわらずです。コロナ禍の際、国内でマスクの生産さえできなくなっていたことは多くの方の記憶に残っていることでしょう。本来、東レの炭素繊維技術など画期的な技術革新は数十年に渡る研究開発と製造技術が一体化してはじめて、実現し得るものです。]

 

 欧米並みにROEを上げることで、「会社は株主のものである」という間違った方向に舵を切った我が国の政府、経済産業省や金融庁の政策は完全に間違っています。会社は社会の公器であり、株主利益の最大化よりも、雇用の安定、地域社会への貢献、仕入先への還元など、事業を通じて社会に役立つことが最も重要なのです。

 

 これらも一因となり、21世紀以降日本企業の技術レベルはかなり下がってしまいましたが、今でも「中国に技術を盗まれる」と言う人がいます。現実は中国に技術を盗まれるのではなくて、中国から盗むことを考えたほうがいい分野がいくつもあるくらい日本の技術力は下がっています。

 

 オランダにある国際的な情報分析企業エルゼビアが、2018年に行った調査では、注目されている研究テーマトップ30分野のうち23分野で中国が論文シェア第1位となっています。残り7分野の第1位は米国で、日本は後塵を拝しています。人工知能やデジタル技術といった分野では、中国が世界のトップをいくようになりました。

 

 恐ろしいのは、株主資本主義に日本が深く毒されていることを国民の多くが気付いていないことです。今日、投資家保護や株価といったものはほとんど聖域化されています。これを疑い棄損するような発言や提案は、瞬時に批判にさらされる。

 

 例えば、主要経済メディアや日本で有識者と見做される人の論調は、今でも日本の長期停滞の原因を「投資家・株主のための経営が徹底されていないこと」「内部留保を吐き出して株主に還元するべき」といった内容が目立ちます。高配当を要求する行為がコーポレートガバナンス・コードや国際的な配当性向の基準に適った行為であるかのように評論します。コロナ禍で実体経済が赤字経営に苦しんでいるにもかかわらず、アクティビスト(市場の山賊と呼んでもいい)らが連携して高い配当など株主還元を要求することにどんな意味があるのでしょうか。会社が従業員を守るための体力を弱めることになりますし、長期にわたって会社を支えてくれる年金や生保、長期個人株主が将来得るべき利益を奪い取ることにもなります。

 

 このように高いROEや過度に高い配当性向企業が優良企業であるという誤認が一般化し、莫大な株主還元を生み出すために、実は従業員の給与や中長期での研究開発が犠牲になっている可能性を疑う能力が、日本の証券市場でいまだに醸成されていません。

 

 今回のコロナ禍が示したように、不確実性は企業経営にはつきものです。それどころか、気候変動に伴う災害激甚化や米中対立に伴う有事、経済安全保障面など不確実性は今後ますます多様化していきます。こうした現況では、たとえ数年間、十分な売上が立たなくても従業員とその家族を守るための資金として、内部留保を保持しておくことはむしろ理に適った正しい行為です。そもそも、好況期に利潤を蓄え、不況や苦境時に備えておくことは、サステナビリティの原理原則ではないでしょうか。

 

 私が一貫して主張してきたのは、会社は株主のものではなく「社会の公器」であること、そして従業員は、株主が儲けるための「道具」ではないということです。この考え方を私は米国の株主資本主義の欠陥を補正する「公益資本主義」と名付けました。

 

公益資本主義について

 公益資本主義の「公益」とは、私たち及び子孫の経済的・精神的豊かさを指します。そもそも会社は「社会の公器」であり、事業を通して社会に貢献するために存在しています。企業活動は人材、お金、土地、モノといった資源を社会から預かり活動の源泉とするものです。つまり、生み出した利潤は株主だけではなく、従業員やその家族、顧客、仕入先、地域社会、地球といった、関わる「社中」すべてに分配しなければなりません。

 

 公益資本主義とは、会社が生み出した付加価値をすべての「社中」に対して還元することで企業価値を上げ、その結果として株主にも利益をもたらすという考え方です。得られた利益の100%すべてを株主が持っていくという株主資本主義の考え方ではなく、従業員をはじめとするすべての「社中」で公正に分配することが重要なのです。

 

 ここでいう「社中」とは、一般的に言われている「ステークホルダー」とは別です。ステークホルダーが意味するところは、利害が対立する、利害関係者を指します。マルクス、エンゲルスが唱えたように、労働者と資本家は対立関係にあるという考えのもと、双方が自分の利益を最大限にするような激しい交渉をして物事を決めるので、ステークホルダー(利害関係者)と呼ばれてきました。

 

 経団連や政府も「ステークホルダー」と言う言葉を使いますが、日本の多くの会社は、従業員と資本家は対立するのではなく、協力する前提で考えます。会社を成功に導くために協力する仲間のことを日本では古くから「社中」と言います。日本では、労使協定でもかなり相手方の立場もよく考えた上で話し合うことが多いので、ステークホルダーという対立概念を思わせる言葉よりは、社中という協調協力の精神を表す言葉のほうが相応しい。こうした考えをもとにすると、企業価値とは「社中」各成員に対して還元する付加価値の総和であって時価総額ではないということがわかると思います。

 

 そして、この社中分配を毎年継続するためには、中長期的な観点で経営を行うことが必要になります。中長期で会社が繁栄発展するためには、企業家精神をいつの時代にも持ち、果敢に新しいことに挑戦する社風がなくてはなりません。

 

 企業活動とは、社中分配と中長期的視点、企業家精神の3つの誠実なる日々の実践を通してはじめて公益を増進することができ、その結果として、中長期的に株主に利益をもたらすものです。事業規模の大小を問わず多くの会社がこうした考えを実践することで関わる人たちがすべて報われる社会が出現します。そして、これこそが本来の資本主義の姿ではないでしょうか。

 

 

原 丈人(はら・じょうじ)

 

アライアンス・フォーラム財団 会長

DEFTA Partners グループ会長

香港中文大学医学部 栄誉教授 

法務省危機管理会社法制会議 議長

 

国連政府間機関特命全権大使、米国共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長、ザンビア共和国大統領顧問、首相諮問機関の政府税制調査会特別委員、財務省参与、経済財政諮問会議専門調査会会長代理、内閣府本府参与、香港政府HKSTP特別顧問などを歴任。

幼少期より親しんだ鉄道を追いかけエルサルバドルに渡る。そこで見た遺跡群に魅せられ中央アメリカ考古学を志し、27歳まで研究を行う。研究資金を稼ぐために渡米し、1981年にシリコンバレーで米国初の光ファイバーディスプレイ装置開発メーカーを起業。手に入れた資金をインターネットプロトコールTCP/IPのパイオニア「The Wollongong Group(TWG)」に出資し、経営に参画。取締役、副会長などを歴任し世界的企業へと導いた。

同時期に弟の原健人と「株式会社データコントロール」を創業し日本向けのICT関連技術の開発を行う。さらに考古学に役立つ技術開発を行うために1984年「事業持株会社 デフタパートナーズ(現 デフタキャピタル)」を創業し、情報通信や半導体技術分野、創薬ベンチャー企業への出資と経営を行う。世界初のISP「UUNET」などいくつものインターネット創世記の企業に出資しインターネット時代の礎づくりに貢献した。

90年代には「ボーランド」「ピクチャーテル」「SCO」「ユニファイ」「トレイデックス」などのベンチャー企業の社外取締役や会長として世界的な企業へ成長させた。パートナーを兼務していた「アクセル・パートナーズ」が、全米第2位のVCとなり、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストの1人に。2000年からは、英国、イスラエルへも進出し「オープラス・テクノロジー(2005年インテルと合併)や「ブロードウェア(2007年シスコと合併)」、「フォーティネット(2009年ナスダック上場)」の会長、社外取締役として世界事業展開を切り拓いた。

1985年のデフタパートナーズ創業と同時に、「アライアンス・フォーラム財団(現在は、国連経済社会理事会の特別協議資格を持つ合衆国非政府機関)」をスタンフォードで創立し、貧困層の自立化のための栄養不良改善や金融制度改革などの事業を行ってきた。さらに2012年から「AFDP南太平洋島嶼国・経済人会議」を主宰。アフリカCOMESA加盟国19か国、太平洋島嶼国14か国、イスラム57か国などの大統領・首脳を招き、民間セクターの経営トップと共に、途上国に、教育を受け健康で豊かな中間層をつくるために何ができるか議論を重ねている。中国においては香港中文大学、経営大学院招聘教授として、中国での公益資本主義の普及に努める。

2013年に「天寿を全うする直前まで健康であることを実現することができる世界最初の国を創る」と宣言し、日本における技術・制度のイノベーション、エコシステム構築に取り組んできた。加えて、2019年からは日米がん撲滅サミット大会長、2020年7月に公立大学法人大阪アドバイザリーボード委員、2021年に大阪市立大学医学部大学院特別客員教授に就任した。

日本政府では、内閣府本府参与(2013年~2020年)、財務省参与(2005年~2009年)、経済財政諮問会議専門調査会会長代理、政府税制調査会特別委員、経済産業省(産業構造審議会)、総務大臣ICT懇談会、文部科学省学術審議会などの政府委員などを務め、中長期に持続的な経済成長を遂げるために、革新的技術を実用化し新しい基幹産業を創出し、英米型の株主資本主義でもなく、中国型の国家資本主義でもない新しいルールを日本が主導して作り、日本が世界から必要とされる国となるとともに、雇用と実質所得を増やし、最終的には、税率を下げても歳入が増えるようにして日本の国民が繁栄するようにする国づくりを目指す。

著書に『21世紀の国富論』2007(平凡社)、『新しい資本主義』2009(PHP新書)、『誰かを犠牲にする経済はもういらない』2011(ウェッジ)、『増補版21世紀の国富論』2013(平凡社)、『公益資本主義』2017年(文春新書)がある。