「遊びをせんとや生まれけむ」人間の本質を100年後に伝えたい

吉本興業ホールディングス株式会社大﨑洋×株式会社トイトマ山中哲男

100年後、エンターテイメントは人類にとってどのような価値を生み出しているのか?今回お話を伺うのは2022年に創業110年を迎えたお笑いの老舗吉本興業ホールディングス株式会社代表取締役会長大﨑洋さんと、アントレプレナーとして数々の事業開発に携わってきた株式会社トイトマ代表取締役社長山中哲男さん。現代日本が抱える社会問題への処方箋となる「笑い」。敏腕プロデューサー大﨑さんが見抜く人間の本質。100年後の未来、人は笑いにどんな新たな意味を重ね合わせているのだろうか。

 

大﨑 洋

吉本興業ホールディングス株式会社代表取締役会長
1953年大阪府堺市出身。関西大学卒業後、1978年吉本興業に入社。東京事務所、吉本総合芸能学院(NSC)担当などを経て2009年、吉本興業株式会社代表取締役社長。2019年より現職。

山中 哲男

株式会社トイトマ代表取締役社長
1982年兵庫県出身。高校卒業後、幾つかの職を経て2008年新規開発、戦略立案、課題解決、アライアンスなど事業創造に関わる支援を行う、株式会社トイトマを創業、代表取締役社長に就任。2018年より現職。医療、人材、エネルギー、農業領域のスタートアップ企業の役員も兼務している。

 

 

苦しみ疲れた人を救う「遊び」

―まずお2人の自己紹介を、100年後の人に向けてお願いします。

山中:100年後の皆さんはじめまして。現代の社会問題の解決と経済成長を両立させるべく、まだ世の中にない新たな事業を創造している山中と申します。日本にはさまざまな社会問題があります。その身近な問題の解決に寄り添うこと。そして、長引く日本経済の低迷を打破するような新産業の創出。この両面からのアプローチが大切だと考えて、事業を生み出し続けています。

 

大﨑:同じく!

 

山中:え?同じく?

 

大﨑:まったくもう、同じこと。同感(笑)。


では、私からも。100年後の皆さん、吉本興業の大﨑と申します。
吉本興業は今年(2022年)で創業110周年を迎えました。110年前、小さな寄席小屋に安い入場料
(木戸銭)で観客を入れていた時から、吉本興業は笑いで「大衆に奉仕する」商いをしていました。

そもそも芸人とは、かつて「男を売るヤクザ・女を売る売春婦・芸を売る芸人」と同列に論じられた時代もあったように、堅気ではない職業とされていました。それがラジオ、映画、テレビの時代になり、さらに
インターネット配信の時代へと凄いスピードで移り行く中で人気者として活躍できるようになりました。


―エンターテイメントはいつの時代も社会に必要とされていますよね。

 

大﨑:その様子を見て思うのは、人間の本質は「遊ぶこと」だと。だから遊ぶこと・人を楽しませるためのエンターテイメント産業がこれだけ巨大になったのだと思います。

ただ、現在のようなスタイルのエンターテイメント産業として今後も成立するか否かは、過渡期に入っていると思います。

これまではテレビの視聴率の優劣を競ったり、ゴールデンタイムに自分たちのコンビ名が付いた冠番組を持つことが目標でした。しかし最近はYouTubeやTikTokなどSNSが普及してきたことで、誰でも気軽に自分を表現できる場所、アウトプットする道具が増えました。プロもアマチュアも関係なく、また、タレント・芸人・女優・ミュージシャン・アーティストといった活動領域の垣根もなくなってきています。

そのような中で、100年後を想像してみると、仕事、プライベート、コミュニティといった分け隔てなく、「生きることを楽しむ」という物差しで考えるのが当たり前になっているのではないかと思っています。


こういう話があります。10人1組で穴を掘る炭鉱夫たちがいる。しかしその中で1人だけ穴を掘らず、
いつもヘラヘラ笑って他の人たちにやかんの水を配ったり歌を歌ったりして場を盛り上げているピエロのような人がいる。それを見た監督があいつは仕事の役に立っていないからとクビにした。そして残りの9人で作業を始めたら生産能力がガクッと落ちてしまった、と。


私たちの仕事は、そういう人を楽しませて元気にする「ピエロ」のようなポジションでありたいなと思っています。

100年後を考えた時、私たち「お笑い」の会社がどう残れるかというのは楽しみな問題です。ただいつの時代にも苦しみ悩んでいる人がいるでしょうし、もしかしたら戦争もあるかもしれない。凄く深い問題で解決に長い長い長い時間がかかるかもしれない。そんな時に、劇場の入口で「いらっしゃい、いらっしゃい、
どうぞどうぞ」「今日は面白いよ、ダウンタウンが面白いよ」と敷居を低くして、何らかの解決のきっかけ、人が元気になれる入口への案内人のようなポジションでいられたら存在価値はあるのかな、と考えています。


「梁塵秘抄」という平安時代末期に編まれた歌謡集に「遊びをせんとや生まれけむ」という言葉があります。やはり人間の本質は「遊びをせんとや生まれけむ」。毎日苦しみながら働いている人も、いい意味で仕事と遊びの境目をなくして、人生を楽しんでもらいたいですね。

 

 

「遊び」を楽しめば人生が豊かになる

山中:それができればいいんですけど、大人になればなるほど、仕事と遊びの境目をなくすことって難しくなりますよね。子どもの時は遊びが仕事みたいなものだったのに、大人になると仕事と遊びを区別するようになって、遊び・楽しみを良くないことと感じるようになってしまう。


大﨑:でもスポーツはだいぶ変わりましたよね。昔は我慢が美徳で「喉が渇いても水を飲むな」と言われたけど、今は「水分補給をちゃんとしなさい」ってね。昔と比べてスポーツも楽しんでやろうという風潮に変わってきたでしょう。

この流れを見ていると、人生も楽しむべきだという価値観に変わっていくのではないでしょうか。問題やリスクに直面した時もポジティブに捉えた方が楽しいし、それが正解だと思っています。

江戸時代くらいまでは飢饉や疫病もあって平均寿命が短かったけれども、その後は医療が発達し、人が長く楽しく生きられるようになった。それくらいのスケールで物事を見て「未来は明るい」と考えた方が豊かで楽しいでしょう。

山中:そうですね。テクノロジーやAIの進歩など技術だけ発展しても、未来が楽しみで、今を生きることを楽しむことができなければ豊さを実感できませんよね。少子高齢化社会が進む日本社会では技術の発展は貢献できる分野も実際あるので、それはそれで進めつつ生きることの本質や小さな幸せを感じる感覚、さらには楽しむ心を奪わないようにしないといけないと思います。

大﨑:「今日は家に帰ったら美味しい梅干しがあるから、それでお粥を作って食べよう」とか、そういう幸せって大切ですよ。

 

山中:そうそう。そういう楽しみを人それぞれが持てるようになったらいいですよね。

経済成長のために人間の心理というか弱み、行動特性、欲求を読み解き、それらを売るための手段に使われてしまっている現状もあるので、経済成長のための手段が課題解決、人や環境の豊かさに貢献できるもので実現していかなければならないです。情報に振り回されず、もっと身近で自分の感性に合うもので満喫できると良いですよね。

 

大﨑:私は吉本興業の会長になってしまったから(笑)、仕事柄夕食に数万円の創作料理やフレンチを食べることがあります。それも美味しいのだけれども、インスタントラーメンを食べても、やっぱり美味い。
何を食べても「美味しい」と思えるほうが幸せに生きられると思うんです。私は、100年後の人たちは、何をやっても幸せ、何を食べても幸せっていう感覚になっているに違いない、と思ってますよ。