仮面ライダーで伝えたかった受け継ぐべきヒーローの姿と心に刻まれる物語

七丈直弘×白倉伸一郎

数々の仮面ライダー作品を手がけられた白倉伸一郎氏は東映に入社したばかりの時に、仮面ライダーの生みの親石ノ森章太郎氏から託されたある想いがある。今回は七丈直弘氏と、人は何故ヒーローを求めるのか、そして100年後の人類に託すヒーローの姿とは何なのかについて対談してもらった。

 

映像とコンピュータはいつか交わると感じていた

七丈 白倉さんは大学に入る前から映画や特撮作品をよくご覧になられていたそうですね。

 

白倉 小学生の頃に友達の家からもらった白黒テレビが自分の部屋にあって、そのテレビで大学生くらいまで色々な映画を観ていたのです。当たり前なのですが、白黒テレビで観るのに一番見栄えがするのはやっぱり白黒映画。ちょうど私が少年時代を過ごしていた1980年より少し前に、ソニーがビデオデッキを販売するにあたって深夜に白黒の名作映画を一社提供で放送していたのですが、その放送をよく観ていましたね。

 

七丈 私と白倉さんは5歳違いですが、ほぼ同じ時期に東京大学で学生生活を送っていました。その頃の白倉さんは自主製作の映画にのめり込んでいた。

 

白倉 バイト代は全部8ミリフィルム代に消えていましたね。フィルム1本あたり3分しか撮影できない上に現像料もかかる。映像作品は使える部分が撮影した全ての映像の3分の1ほどですから、カメラを回せば回すほど湯水のように金が消えていく。昼間は撮影して、夜はアルバイトして、稼いだ金は全部フィルム代に消えていくという暮らしで、大学生としてあるまじき学生生活を送っていました。

ただ映画製作はとにかく楽しかった。仲間にお願いして車を出してもらったり出演してもらったり、皆に協力してもらいながらワイワイ作っていましたね。

 

七丈 学生時代にはプログラマーのアルバイトをされていたそうですね。コンピュータへの関心も当時からあったのでしょうか。

 

白倉 趣味が映画とコンピュータだったのです。だからどちらかを仕事にして、どちらかは趣味のままにしようと考えていた。結果として映画のほうが仕事になったのですが、コンピュータがこれからの映画を変えていく感覚を当時も持っていたので、どっちに転んでも必ず交わるだろうという気持ちはありました。

 

七丈 白倉さんがプロデューサーを務められた仮面ライダーシリーズにはデジタルと映像が融合した作品が多数ありました。やっぱりそういったデジタルの本質と、映像製作の両方が分かっている人だからこそ、それが上手く導入できたのでしょうね。

 

石ノ森先生の想いを受け継ぐ

七丈 卒業後東映に入社されますが、25歳の時に仮面ライダー20周年の企画に参加され、その時に石ノ森章太郎先生にお会いしたことが後に平成仮面ライダーを作るきっかけになった。

 

白倉 きっかけになったというより、仮面ライダーを手がける時には真剣に、命をかけてもやらなければならないという負い目をその時に背負ってしまったのです。

ライダー20周年の企画に参加した時、私は石ノ森先生を前にして、先生が提案したストーリーを「それじゃ受けません」と蹴ったのです。

 

七丈 相手は仮面ライダーを生んだ本人なわけですよね。その先生の提案に対して25歳の若僧がダメ出しをした。

 

白倉 石ノ森先生が提案してきたストーリーは、子供の時からずっと仮面ライダーを見て大人になった青年が、夜な夜な仮面ライダーのコスプレをして改造バイクで街中を走っていた。ある日事件を見つけてライダーのつもりで介入してしまい、だんだんもっと大きい事件に巻き込まれていく、という話でした。それを読んだ私は「いや先生、これは仮面ライダーじゃない。仮面ライダーごっこです」と思わず言ってしまった。

 

七丈 それを聞いた石ノ森先生はどういう反応を?

 

白倉 「君はどう思うの?」と。

それで新しいストーリーで企画を進めて『真・仮面ライダー/序章』ができた。タイトルに「序章」と付けたのは石ノ森先生でした。これは序章だね、ここから先に本当の物語を語るんだよね、という意味合いだったと思います。

 

七丈 白倉さんの提案を受け入れた石ノ森先生の想いとは何だったのでしょう。

 

白倉 石ノ森先生の本当の意図はこうだったのでは、と気づくのは『真・仮面ライダー/序章』が完成してからしばらく経ってからでした。

当時の自分は「俺の意見が通った」と天狗になっていました。しかし年月が経つと、石ノ森先生はなぜ俺の提案を認めたのだろうと考えるようになる。

私が気がついたのは、この企画が仮面ライダー「20周年」だったことです。石ノ森先生の企画は、仮面ライダーファンの視聴者が本当の仮面ライダーになる話でした。私はそれをごっこ遊びだと切り捨ててしまいましたが、石ノ森先生はそこに「誕生から20年経って、今度は君自身が仮面ライダーになりなさい」というメッセージを込めていたのではないか。先生から見たら私は20年前、子供の頃に仮面ライダーを見ていたその当人だった。その視聴者が制作側に回って、こういう仮面ライダーを作りたいと目の前で言っている。だからその想いを具現化する。それが20周年記念になるのじゃないかという考え方なのですよ。

いつかこれは謝らないといけないと思っていたのですが、先に石ノ森先生が亡くなってしまった。石ノ森先生が不在だから勝手にやっていいことはなくて、もっと厳しくなった。石ノ森先生の世界観・テーマに合っているのか、その答えを自分で見つけ出さなければならない。それを私たちは背負わされているのです。

 

★本誌では、この続きとして「仮面ライダーで新しいドラマを作る」「ヒーローはなぜ境界線上の存在なのか」「人が物語を求める根源的な理由――因果律とは」「映像感覚が根底から変わる時代への危機感」「100年後に向けて学問を守る意味」について、さらに深く語り合っています。ぜひご一読ください。