日本を代表するロボットクリエイターであり、千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長で工学博士の古田貴之さん。2歳の時、インドで出会った高僧の教え「森羅万象全てがつながっている」という世界観が、古田さんが生み出す人と環境に優しい独創的ロボットの根源にあるという。今回は近未来的な映像とロボットがずらりと並ぶfuRoで、世界最先端のロボティクスで実現したい未来社会、100年後のテクノロジーの進化予測、古田さんのロボット研究の根底にある想いと人物像に迫りました。
古田貴之(ふるた・たかゆき)
1968年、東京都生まれ。1996年、青山学院大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中途退学後、同大学理工学部機械工学科助手。2000年、博士(工学)取得。同年、(独)科学技術振興機構のロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長。2014年より学校法人千葉工業大学常任理事を兼務。新たなロボット技術・産業の創造を目指し、企業との連携を積極的に行う。産学連携の成果として、2002年にヒューマノイドロボット「morph3」、2003年に自動車技術とロボット技術を融合させた「ハルキゲニア01」、2005年にロボット操縦システム「WIND Master-Slave Controller」を開発。Suicaの自動改札口や自動車、携帯電話のデザイン等で著名な工業デザイナー山中俊治氏(リーディング・エッジ・デザイン)との共同研究により、ロボットのプロダクトデザイン研究も行う。2010年9月に著書「不可能は、可能になる」をPHP研究所から刊行。
福島第一原発に提供した災害対策ロボットの走行記録。原子炉建屋全フロア走破可能な唯一のロボットを開発・提供し、政府の冷温停止ミッションの完遂に貢献
-古田さんは、福島第一原発や熊本地震などの災害現場で活躍するロボットやパナソニックのお掃除ロボット、AI搭載のサッカーやバック転をするロボットなど、様々な先端ロボットを開発されています。古田さんにとってロボット開発とはどのようなものですか?
例えば良い写真や文章は、100年後も良い写真、良い文章として遺りますね。しかしテクノロジーはいわば「生鮮食品」。今は最新でも、100年後にはすべからくローテクになります。はかなく消えるものですから、一刻も早く皆さんに届けなくてはなりません。世に出て、生活を改良し、文化を推し進めるエンジンにならなければ、いくらロボットを作っても無駄になってしまいます。
私が所長を務める「千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRo」では、ロボット研究者が1から100まで開発した実用性の高いロボットを作っています。世界8万5,000社が参加したGoogleナビの正確さを競うコンテストで1位を獲得するほどの高度な技術を持ち、なおかつ実用的なロボットを2~3週間で作ります。技術をいち早く世に出し、生活や文化を後押しするためです。家電メーカーが5年かけて作るようなロボットも、1カ月で作ってしまいます。
なぜこれができるかというと、「世の中を良くしたい」というところに照準を合わせているから。僕は学者ですが、論文を書くことには興味がありません。「世の中を良くする手段」であるはずの研究を、論文を書くための手段にしたくないのです。
人に従い、迎合し、人から評価されるものを作ろうとするのは間違いです。大切なのは、「人がいいと思うもの」を作るのではなく、「人がまだいいと気付いていないもの」を作ることです。スティーブ・ジョブスがiPhoneを発売する際、「市場調査をしたのか?」と聞かれて、「馬鹿言ってんじゃない。これはまだ世の中にない物だ。世の中にない物を、いいかどうか聞けるわけがない」と返したのは、有名な話です。
ペイパル・マフィアのピーター・ティールが言った「競争するヤツは負け犬だ」も然り。人はこれまで見たこともないテクノロジーに感動するものです。僕は多様性を信じていて、他にはない唯一無二の仕事を遺すことが、自分の存在証明だと思っています。
坂本龍馬も我々も、仕事を通じてやっていることは同じです。ひとつ目が、遺伝子の有無に関わらず、生命体を残すこと。ふたつ目が、自分の仕事を遺すこと。
特にふたつ目の「自分の仕事を遺す」という点は、全ての職業に共通します。ツールを使ってどう文化を後押しし、人類を幸せにするか。心を動かすか。技術を作ること自体が目的になると、目的と手段が逆転してしまいます。僕は、ロボット技術を使って世の中をより良くし、人類を幸せにしたいと思っています。不幸が不幸でない世の中をつくりたい。そうすると僕の話って、全然ロボットの話じゃなくなるんですよ(笑)。
-ロボット技術という手段を使って、古田さんはどのような世界をつくりたいとお考えですか?
僕が思い描く世界のキーワードは、「conviviality(コンヴィヴィアリティ)」。イヴァン・イリイチというオーストリアの思想家が提唱した概念で、人とテクノロジーが自律的に相互依存する共生社会。
この世の中は、森羅万象全てがつながっていますので、僕にとって何かを作ることは、全てをつなげるヒント、この世の中をデザインするための入り口なのです。
ロボット作りって、人に惹かれるのと似ています。例えば、初対面の人に会って「イイ感じだな、好みだな」と、見た目から入り、会話して「素敵な声だな」と、視覚以外の部分でもその人を感じる。そして、
その人の背景や考えていることなど内面を感じて、「魅力的だな。この人と将来こんなことができるのではないか」と、想像力が膨らみますね。ロボットも、最初は見た目、音や振動といった操縦感覚で技術を感じる。次に、「ネットワークがこんなふうにつながると、こんな動きになるのか」と理解が深まってきて、「この技術で未来をこんなふうにしたい」と、将来を描きます。
見た目から内面、共にある未来のデザインまで、全てを統合して考える必要があって、ロボット技術だけ研究していてもダメなのです。この世の中の全ては有機的につながっているのですから。
僕は、身体、心、社会は全部つながっていると思っています。携帯電話があっても、喋りたい人がいなければ喋れないし、どんなに凄い乗り物を作っても、行きたい場所がなければ意味がない。だから、テクノロジーを開発するときも、身体をサポートすることだけ考えていてもダメ。僕らはちょっと変わった乗り物を作りましたが、これで実現しようとしていることは、単に便利な乗り物を作ることではなく、心がワクワクして活動範囲が広がるような、ライフスタイルの提案なのです。
-見た目もカッコイイですね!思わず乗ってみたくなります。
日本は少子高齢化社会です。高齢化社会っていうと皆、福祉、医療、介護にお金がかかると不安がり、貯金して家に引きこもっています。でも本当の高齢化社会は、アクティブシニアが文化活動や経済活動を引っ張ってく社会ではないでしょうか。高齢化社会の先進国として、そんな世の中をいかに創るかが問われます。
そこでとても重要なのが、「動く」ということ。家の中でじっとしている高齢者を外に導き出し、塩漬けの貯金を使って経済を回してもらうには、高齢者が動いて社会参画することが大切なのです。超近距離を超遅いスピードで走るシニアカーと、長距離を高速で移動できる自動車の中間くらいの乗り物といえば、自転車ですが、二輪で高齢者には乗りにくい。だから、高齢者が乗りたくなる、動きたくなる乗り物を作ろうと考えました。
さらには、アクティブシニアだけでなく、あらゆる世代があらゆるシーンで使える乗り物で、ユニバーサルな社会をデザインしたいと思ったのです。いろいろな要素を融合したパーソナルモビリティで、新しいライフスタイルを提案しようという考えです。
さらに、皆が使えるようになるには、技術だけでは不十分。文化にならないといけません。そのためには、法令も変える必要がある。僕は法令の策定にも関わります。重要なのは、規格をつくって新しい技術を世の中で使えるようにすることです。テクノロジーを作ることが目的なのではなく、世の中を変えることが本質なのですから。
-「人類を幸せにしたい」という想いの背景にある古田さんの世界観は、どのように形成されたのですか?
その話をするには、インドの仏教寺の高僧・藤井日達の話をしなければいけません。幼い僕に、「本質を見る目」の大切さを教えてくれた人です。
僕は2歳から7歳までをインドで過ごしていて、当時日本人なんてほとんどいませんでした。そんな中、
珍しく日本人がいた。それが、藤井日達でした。面白い人でね、元々はクリスチャンで、改宗して仏教徒になり、イスラムやバチカンの法王を集めて世界宗教者会議を作った人です。僕はそんな気はないのだけど、彼に……。